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「結婚相談室マリーM」は昔ながらの仲人です。
大阪市鶴見区で、「明るい社会は、暖かい家庭から」
をモットーに結婚相談をしています。
結婚は平和な社会生活に必要であり、家族をつくり
支えあい暮すことは社会の基礎だと思います。
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日本仲人ネットワーク推進協議会員
日本仲人ネットワーク推進協議会は、日本の伝統文化とも云うべき『仲人』を、真面目にいい形で残したいと考えています。その為には『仲人(結婚
相談業従事者)』が、現代にあったお見合いのルールと秩序を持たなくてはならないと思われます。

また、現代の大きな社会問題の少子化対策の見地から、まず男女の結婚があって、次の世代を生み育てることのできる、安定した家庭と社会環境
をつくれるということが大前提ではないかと思います。

その為に、『仲人(結婚相談業従事者)』に行政関与のもと「承認及び資格制度」を設け、社会に『仲人(結婚相談業従事者)』を認知して頂き、安心
してご利用いただく為の社会システム作りを推進しています。

仲人ネットコム会員
仲人ネットコムは仲人の新しい形を提案します。
紙資料と記憶だけに頼る昔ながらのスタイルではなく、パソコンだけを使った心の通い合いのないスタイルでもありません。
仲人ネットコムは、手作り
の仲人業の良さを残しながら、、仲人業をより快適にするツールとしてパソコンを利用します。暖かさと利便性を融合したスタイルを提案します。

 ※インターネットエクスプローラーを使用、単なるインターネット方式ではなく、仲人が介在する管理システムを採用しています。
IBJ(アイ・ビー・ジェイ)会員
結婚相談室マリーエム



        
マリーエムは個人の仲人ですが、 仲人ネットコムの最新の「結婚情報管理
システム」を通じて、ささやかながら縁談のお世話をさせて頂いております。

  具体的内容 :  1、会員制による結婚相手のご紹介、ご相談
             2、お見合パーティなどイベントのご案内
             3、独身男性の国際結婚
マリーエムがご紹介するサービスは「人」ですから、ご希望の条件を満たして
いる方と巡り合える保証はできませんが、もっとよい方と巡り合えるかも知れ
ません。

何よりも、対象者のある事、双方が気に入らなければ交際や結婚に至らない
事を充分にご承知下さい。

仲人ネットワークを通じて、会員の皆様にご相談頂けるよう、手作りのお世話
に努めておりますので、安心してご相談下さい。
所在地:
 〒538-0044 
 大阪市鶴見区放出東2-16-31  杉本睦子  

 /fax:06-6968-3939 
 ※携帯へ転送設定中は、fax送信できませんので、ご了承下さい。
休日:
 特に定めなし、fax/メールは24時間受付OK 
アクセス
 @JR東西線「放出駅」下車、北へ徒歩約7〜8分 
 A市バス「放出東2丁目」下車、 
  (内環状線「放出東2交差点」を東へ信号3つ目)北へスグ右側
地名の由来
 鶴見(つるみ)
 *鎌倉時代、源頼朝が富士の裾野で巻狩をしたときに、千羽の鶴に金の短冊を付けて放したところ、この地に飛来して住み着きました。
  その鶴を見物に来る人が多く、「鶴見」という呼び名がついたという説があります。

 *また、天智天皇の御代668年、日本書記にその名を残す「草薙(くさなぎ)の御劔」を熱田神宮より盗み出し、新羅の国に逃げようとした新羅の
  僧・道行の船が難破して、辿り付いた所で祟りを恐れ、草薙の御劔を放り投げて逃げたという記述が古代の伝記(八劔伝説)にあり、「草薙の
  御劔」の「ツルギ」が訛って「ツルミ」になったと言う説もあります。
 放出(はなてん)

 *古代の大阪は内陸部が湖となっていて、この地付近で湖水が旧淀川への放出口となっていたことから、 水の「はなちてん」がなまって「はなち
   で」を経て「はなてん」になったという説があります。

 *上記鶴見区の由来より、「草薙(の御劔」を「放」り「出」して逃げた。このことから「放出」(はなてん)と呼ばれるようになったという説もあります。


 *草薙の御劔はその後里人に拾い上げられ、阿遅速雄神社に奉斎数年後、草薙御神剣の御分霊は永遠に阿遅速雄神社に留まり奉斎されまし
   た(八劔大明神)。
   その後、草薙の御劔は天武天皇の皇居に移されるも、天武天皇が重病になられ、占により草薙の御劔の祟りとされたので、皇居より熱田神宮
   に 奉還(686年)、現在も熱田神宮に鎮座します。


 * このご縁で、熱田神宮と
阿遅速雄神社は、現在も交流を続けておられるそうです。    
                                                                参考:ウィキペディアなど
 

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